ノーベル物理学賞も受賞した我らがリチャード・ファインマン先生は、カルテックで学部生の講義に臨む際、「この教室にいる学生のほとんどがプロの物理学者にならないことは承知しているが、それでも最も能力のある学生 (将来のプロ物理学者) を基準にして教える」というスタンスを明示していた。つまり、クラスに1人か2人いる将来の物理学者になるような極めて鋭い学生に向けて全力投球するというスタイルを取っていて、それをおおっぴろげに話していた。
初学者向けのクラスだからといって内容を薄めることを嫌い、誤魔化しや手加減のない物理学の真の姿を教えることが、結果としてすべての学生にとって最も誠実で学び多いものになると信じていた。
彼はファインマン物理学の序文で、この試みが必ずしも全員に成功したわけではない (多くの学生を混乱させたかもしれない) と謙虚に振り返っているが、その志の高さが、今なお彼の教科書が世界中で愛される理由なのだろう。
このスタンスが私は好きで、ことあるごとにこの水準を当たり前にするようにしていた。
自分が先生となり教える立場の時は、最も志と能力が高い生徒を基準に、教え子が将来プロになる前提で子供扱いせず向き合う。そして自分が教わる立場の時は、どんなに腰掛け的なポジションだったとしても、一生をその道で生きていくのだと本当に信じて、それを前提にして取り組む。
先生としても、生徒としても、結果的にそれがお互いの人生にとって真に有意義な時間になると信じながら。
(実際にその結果、プロとして継続的な仕事につながっていることもある)
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私がエアリアルに打ち込んでいた時、本当にプロになるつもりで取り組んでいたと言ったら嗤う人もいるかもしれない。なぜならその主張は、(パッとしない技術や身体能力ももちろんだが) 期間を限定していた私のもうひとつの姿勢と物理的には矛盾するのだから。しかし以前も書いたように、それが正しいかどうかと、それを信じて行動できるかは、独立した命題なのだ。
目標が違えば教える側の姿勢も (カリキュラムやトレーニングメニューも) 変わる。
コーチや副コーチに対して「プロになる前提で」と明示的な言葉を使ったかどうかは忘れたが、私は曇りなくそう信じて取り組んでいたし、とにかく本格的に取り組んでいるので手加減無しで教えてください、私の気になる所はどんなに些細なことでも時間がかかることでも全てすぐに指摘して下さい、とは伝えていた。
この強火の姿勢は私が持つ幾つもの欠点を補うものになったと思うし、結果がどうであれ、私は私のコーチングチームと、尊敬すべき練習仲間たちと、なり振り構わず修行できたことを嬉しく思う。
スピンの細かな技術を惜しげもなく教えてくれた優しい先輩や、私がやりたい技をいつも少し先に成功させていた先輩、私と同じくらいストイックに練習に向かう姿で刺激をくれた先輩。プロになるくらいの気持ちで取り組んでいると話しても嗤わずにいてくれた、尊敬すべき仲間たち。
願わくば私がそこで燃やした熱量が、スタジオの床に、空中に、忘れ物のように残り、巡り巡って多少の借金くらいは返せますように。
そしてこのブログも同様に、もしかしたら昔の知り合いや、そしていつか、まだエアリアルを始めてもいない未来のエアリアリストの、暇つぶし程度にでも役に立ちますように。
エアリアルを愛する人のための記事をまた書く予定です!
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