最近は訳あって、(エアリアルシルクとも関連深い) 印刷や繊維について勉強をしている。
勉強と言ってもせいぜい高校の化学か繊維・布地メーカーのカタログを読む程度のレベルなのだが、しかし印刷も繊維も奥が深い。
無機質な素材の規格や成分表の行間から浮かび上がってくるのは、いかに人間が野生の物質を、科学の力で手懐けようとしてきたかという歴史だ。
摩擦、熱、張力、歪み、酸化、破断、褪色、吸湿、静電気、全てをコントロールできたと思っても、どうしようもない経年劣化や、ドロップの新技のような計算外の動的な負荷、素材特有の気まぐれな反応などはいくらでも起こり、単に強固で高価な素材を使えば安全で美しいとは限らないのが面白いところでもある。
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エアリアルシルクと言えばまずはナイロン。もしこの空中芸を支える物質をひとつだけ深く理解するとしたら、(日本の現場では使われることが少なくても) それはナイロンだろう。
ナイロンという素材は、実に情深い。分子の鎖が水素結合という見えない手を取り合い、パフォーマーが強く引けば、彼らはわずかに手を緩めて伸び、衝撃を受け止めてくれる。この伸びが、ドロップという激しい運動の際、私たちの関節や内臓を守るクッションになる。
彼らは決して切れないことだけを目指しているのではない。分子レベルで適度に折れ、適度にしなり、最後に踏みとどまる。その健気な物性に、私たちはぶら下がっているのだ。
しかしアメリカで主流のナイロン100%のシルクは、このしなやかなナイロン糸を、これ以上ないほど高密度に編み上げることで、構造としてのクッションをあえて殺している。そのため、普通にエアリアルをしている間は日本のシルクと比べて全然伸びないのだが、ドロップなどの瞬間にだけ、(衝撃はダイレクトに来るが) 分子レベルの柔軟性が最後の防波堤として機能する。
高さのロスを最小限に抑えつつ、破断するよう事態は避ける。その合理性が、ナイロン100%と言う選択にはぎっしりと詰まっている。
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そして日本でよく使われるポリエステル。ナイロンが気まぐれな天才だとすると、ポリエステルはその扱いにくいナイロンを扱いやすく整えたような秀才タイプだ。
秀才のポリエステルはナイロンよりも規律に厳しい。
ナイロンが水素結合でしなやかに動くなら、ポリエステルはエステル結合が作る結晶のように緻密で、頑固とも言える。分子鎖が隙間なく整列しているため、水も吸わず、光による酸化もせず、形も変えず、凛としている。
シルクを掴むとき、その手が感じるわずかな冷たさや頼もしさの正体は、このポリエステルという物質が持つ、熱や湿気に動じない性質にあるのかもしれない。
そんなポリエステルの糸は、引っ張っても硬く、ほとんど伸びることはない。素材としては徹底した保守主義者だ。
ところがこの硬い糸を遊びのある柔らかい編み方で編みあげると、話が変わる。硬い金属でもバネの形にすれば伸び縮みするように、スムース編みにするからポリエステルのシルクは伸びるのだ。
日本ではポリエステルのシルクを使う現場が多いというか、エアリアルシルクの現場に限って言えばほとんどポリエステルしか見たことがない。
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隠し味的に付け加えるとしたら、ポリウレタン。これは、高密度のナイロンや規律正しいポリエステルに、一滴の魔法、あるいは甘美な毒を混ぜるような存在だ。
ゴムのような伸縮性を持つこの糸は、シルクの全容を占めることはない。ほんの数%、影のように忍び込むだけで、布の性格を変えてしまう。 モチモチとしたタイプのシルクには、このポリウレタンを受け入れることで柔和さを手に入れているものもある。
ナイロンやポリエステルの間にこの自由奔放なゴム分子が入り込むことで、布全体に大きな遊びが生まれるのだ。
だが、このゴム分子は酸素や光に触れるたびに静かに朽ちていく。魔法はいつも期間限定で、劇薬には寿命を削る代償がつきものなのだ。
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あちこちでタイプの違うシルクにぶら下がって来たが、私が好きなのはポリエステルシルク。
ナイロンシルクの良さも捨てがたいが、ポリエステル特有の、あの吸い付くような密着感。モチモチとしたしなやかさ、強かさ。広げて身体を預けた時の、大丈夫だという安心感。発色の良さと、印刷技術との相性。こういった特性が私は好きなのだ。
(などと言ったものの、もしかしたら私が初めて触ったシルクがポリエステルだったから何か特別な気持ちを感じてしまうだけなのかもしれない)
だが観測できる宇宙に限界があるように、エアリアルシルクの素材に求められるものは、理論上は今の私が認識できる領域の外にだってあるのだろう。人は自分が知らないことさえ知らない領域を認識することはできないのだ。
いずれは、ナイロンかポリエステルかという狭い選択肢など、広い舞台の片隅の、ちょっとした幕間劇でしかなかったことが証明されるだろう。
長い目で見れば、世界のどこかから、全く新しい、ナイロン以上の天才が、ポリエステル以上の秀才が、颯爽と登場してくるはずだ。
今後も世界のあちこちから、エアリアルの限界を広げゆく天才エアリアリストたちが現れ続ける限り。
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