エアリアルについては何が業界標準なのか私は未だに知らないのだが、例えばフィギュアスケートの場合、コーチは一人だけではなく複数人つけることが一般的だとハイレベルな元選手に教えてもらったことがある。
より正確には、コーチというよりコーチング・チームと並走すると考えるとのことで、例えば、メインのコーチが選手のトータルな成長に責任を持ち、コレオグラファーが独自のプログラムを設計し、さらにはジャンプに特化した専門の技術コーチ、同じくスピンに特化した専門の技術コーチ、果てはクラシックバレエや、その他の指導者など様々な専門家のチームから指導を受けるのだという。ひとりの人間個体に全知全能を期待しない、極めて理にかなった機能体だ。
私はと言えばオリンピアンでもシニアレベルでも何でもないただの素人だったのだが、1%でも良い演技を届けるためならできることは何でもやろうという気持ちだけは強かったので、初めてのエアリアルの演技を作る時からコーチング・チームを組もうと意識していた。
—
まずは週ごとに進捗を共有し、行く先について対話を重ねたメインのコーチ (スピン専門の技術コーチも兼任)。加えて、指先の角度ひとつまでフォーム修正を兎に角とことんお願いした副コーチ (結局、衣装含め色々と相談に乗ってもらった)。そして、パワームーブや男性らしい力強い表現だけを専門で見てもらう技術コーチ。
この三名が外部の専門家である一方で、私のコーチング・チームには、私自身が兼任した役割も3つある。
まずは (以前も触れたように) データ分析官。技の成功率を数値化し、スピンの回転速度をトラックし、努力目標を定め、そこから逆算して食事や練習のメニューを組む参謀。私の中のエンジニア・リサーチャーとしての人格がその椅子に座り夜な夜な練習動画をサクサクと解剖していた訳だが、こういったロールに必要性を感じながら自分でやるのは性に合わないという方がいたら、誰かにこういった解剖役・参謀役をお願いする価値はあると思う。
そして演技の一部としての楽曲制作。こんなブログを書いてはいるが私はエアリアリストというよりは (だいぶ) ピアニストなので音の扱いに多少の思い入れもあり、自ら編曲し、鍵盤を奏で、自分の演技の一部として音楽的表現をするのは自然なことだった。あるいは空中で身体を操ることよりも、私にとっては自然なことだったかもしれない。
最後にコレオグラファー。構成・コレオの殆どを自分で編み上げることにエアリアルをするたったひとつの意味すら感じていた私は、この席も誰にも譲るわけにはいかなかった。
—
読者の皆様も、自分を支えるコーチング・チームを一度想像してみて欲しい。そして改めて構想してみると、きっと一番捉え難く、一人ひとりその役割が違うのはメインコーチという特別な存在だと思う。
メインコーチと選手の距離感は一組ごとに異なり、エアリアルの技術的な指導に特化した関係もあれば、エアリアル以外のプライベートまで踏み込んでトータルで生徒の成長をサポートする関係だってある。関係性によってカメレオンのように変質するメインコーチの職分に、一概に決まった定義を与えることはできない。しかしその難しさを受け入れて尚、私の偏見全開であえてその仕事の核心を表現するなら、それは選手に的確なトスを上げることだと思う。
選手というアタッカーに、打てれば必ず得点が決まるトスを上げる名セッター。目前に広がるエアリアルの世界のどこに隙があるのかを正確に見極め、そこに打ち込める一本の勝ち筋をクリアに示す、極めて精密なトス。
打てれば必ず得点が決まるということは、アタッカーにとっては厳しいトスになる。多少の無茶を承知で跳ばなければ、きっと届きもしない高さ。それでも、
「君と私にならできるはずだ」
そう言って、選手の身体と心の全てがやる気に満ち溢れるような的確な導きができるかどうか。手加減無しで、選手が跳べるギリギリの最高到達点から打たせてあげられるかどうか。
自分が (エアリアルに限らず) 誰かの成長に責任を負う時は、そんな風に、静かな慈しみと確信を添えて、奮い立つような意味を授けられる導き手でありたい。
そして選手の務めはその鏡写しで、そんな厳しいトスをも躊躇なく上げて貰えるように、目の前のコーチからの無言の信頼を勝ち取ること (そして全力でその勝ち筋を捕りにいくこと) 、ということになるのだろう。
いくら緻密なロジックで最強のコーチング・チームを自分の周囲に組み上げたとしても、最後には人と人との間に宿る無形の信頼がなければ、弦の切れた鍵盤のように、それが響き合うことは永遠にないのだから。
エアリアルを愛する人のための記事をまた書く予定です!
更新通知が届くので、良かったらご登録ください!(※無料)



