最大の祝福を、私達の失敗に

私の専門はコンピュータサイエンス、特にAIの一分野の研究開発なのだが、この分野でもエアリアル同様にコンペというものがある。

最も有名な舞台はKaggleという巨大な闘技場だろう。とにかくパフォーマンスが高いコードを書いたものが優勝するというフェアさが爽快で、我こそはと自負する者、つまり優秀なエンジニア・研究者という、不遜さと実力が美味しくブレンドされた人種が、お互いを出し抜こうと世界中で日夜シノギを削っている。
(ここはエアリアルブログなので深入りはしないが、AIの研究者がタイタニックの乗客プロフィールに妙に詳しかったりするのはKaggleのせいだ)

チームを組んで参加することもできれば、個人でソロ参加してチーム相手に腕一本で戦うこともできる。私も1000チーム以上が参加した国際コンペでソロ入賞、メダルを獲得した経験があるのでこんな記事を書いても良いだろう。

私がKaggleに参戦していた2018~2020年当時、幾つものコンペで入賞する同業の研究者がいた。
賢く優秀、勤勉で競技好き、単に強くていつも勝ってるヤツなのだろうという印象を持っていたのだが、彼曰く、実際は入賞以上に沢山の敗退を毎年経験しているのだと言う。例えば1~2回コンペで入賞する裏で実は5回は敗退していると言った趣旨の話を聞かせてくれて、周りの皆が思っているよりもたくさん挑戦をしているのだという話だった。つまり戦績を上げたければ、そもそも沢山挑戦するのだというアドバイスを展開していた。

彼の話を聞いてから、私は成功そのものではなく、その成功を実現するために必要な失敗の数を目標にするようになった。
たとえば今年は2つのコンペで勝利しよう、ではなく、今年はそのために5回は敗退しよう、といった目標を立てる。

2回の勝利を目標とするならチャレンジの回数は2回で足りるかもしれないが、5回の敗退を目標とした時点で、必要な挑戦の数は最低でも5回に増える。結果、ぼーっと日々を過ごしてはいられなくなる。
また、失敗のためには難しいチャレンジに臨むインセンティブが生まれることになる。簡単にクリアできるぬるい挑戦をしていては、成功はできても肝心の失敗ができないからだ。

私の最後のエアリアルの舞台では、ドロップ技で大失敗をしてしまった。100回の通し練をしても一度も体験しなかった失敗。

この失敗はとても痛く、大きい代償だった。
だが、失敗したことは本当に良かったとも思っている。

今でもその瞬間の気持ちも、シルクの上の視界も、生々しく覚えている。最後だからもう全てを出し尽くして良いと思って、限界を超えた大きさを攻めてしまった結果だった。ならばこの失敗は、それだけの挑戦をした証でもある。振り返ってみてあの失敗をしていなかったら、それは十分挑戦をしていなかったことを意味していたのかもしれない。
失敗の数をひとつ稼ぐことだってできた。毎年10回の大失敗を目標にしている自分にとって、最低10回は挑戦しないといけない道理なのだ。

私は、志を同じくする他の個体と競い合うアリーナが好きだ。
Kaggleも性に合っていたし、宇宙飛行士選抜試験も学び多い経験だったし、学業は無敵だったし、エアリアルはスタジオ近くのランチが美味しかった。

ジュリアードで名だたるピアニストを育てたロジーナ・レヴィンも、その後冷戦下の米ソ両国でスーパースターとなる教え子 ヴァン・クライバーンに宛てた、チャイコフスキーコンクールへの応募を説得する手紙に以下のように書いている。

-あなたはコンクールに向けて猛練習をすることになるでしょうが、それは結果がどうであれ、あなたにとって良いことです。

-その結果、あなたのレパートリーは大きく拡がります。

-コンクールでは、あなたの同世代の最上の競争相手たちに出会って、大きな刺激を受けることになるでしょう。

-そのうえ、もしかすれば、あなたは優勝するかもしれない!

私も真に同じ気持ちで、おまけに失敗すれば失敗の数さえ稼げると考えるなら、参戦して得るものしかないではないか。

失敗しても、敗退しても良い。失敗を恐れて動けないことこそが本当の失敗であり、うまいこといってばかりでは、失敗のノルマも稼げやしない。
今年も私は失敗稼ぎに忙しいのだ。


夢の中の人
エアリアルシルクが空中で行われるだけの競技・芸事だと捉える見方は間違い、でなければ不完全だと思う。 一般的にエアリアルシルクはほぼ完全に空中で行われるもので、フロアワークはそれにほんの少しのお化粧をするために (例えば演技開始前などに) 少しタッチしても良い、くらいの舞台が多い。
スピンの研究 2
無限のバリエーションがあるスピンシーケンスだが、舞台や演出の目的から考えると、自ずとどんなスピン技をどんな順番で、そしてどんな姿勢や軸や速度で実施するのが良いかは定まってくる。 例えば曲や舞台のテーマとして特に自由や解放感を見せたい場面なら、身体を広げた動きの大きさや、流れる風が抜けていくようなシームレスな繋ぎを優先させた捌きが必要になる。