緋色の研究

私がエアリアルシルクを直接の原因として経験した目立った怪我と言えば、脇腹の火傷だった。(十中八九エアリアルが原因だが、100%そうだとは言い切れない椎間板ヘルニアを除いては。。)

まだエアリアルを始めて間もない頃、かつて六本木の繁華街地下にあったスタジオでInstagramから見よう見まねの逆さ姿勢の巻き技をしていたら、「そうやって降りると背中火傷しますよ」と後ろから声をかけられた。(それがそのスタジオメイトと交わした初めての会話だった。最初の一言が純度100%のエアリアルのアドバイスでしかなかったのが、純粋な練習仲間という感じで気に入っている)

忠告通りその技の実施については気を付けることにしたので背中に火傷を負うことはなかったのだが、その数ヶ月後、少し違う形で私はしっかりシルクバーンを経験することになる。それは、あえてその痛みを引き受ける瞬間の判断をしたからだった。

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それは初めて習った技の実施時、同じく逆さ姿勢でシルクを体に巻いたまま身体を下へ長くスライドさせた時だった。両手でシルクを握る指に込める力を微かに弱め、代わりに身体の重みを受け止めた布の咄嗟の反応を合図にして、ほとんど直感的に自然と手のひらを解き、手の中を流れるシルクを感じながら、私はそれに連動して脇腹に疾る熱さに気がついた。
布と自分が融け合うような気がして、シルクを掴んでその折角の技の流れを止めてしまうよりも、自分の頭はその接触面の全ての痛みを引き受けようという整理を身体に取らせた。
そして脇腹をポリエステルの繊維が覆い、受け止め、広がっていたシルクがその形を細く狭めながら、高度を下げる身体の位置エネルギーを絶えず摩擦の火花に変換し、その火花が肌に傷を結ぶ全ての過程に、私は冷静に気を取られていた。

初めてだが技自体は成功し、そこには一分の後悔もなかったが、仮に後悔していたとしてももう遅い。既に引き返せはしない。右の脇腹には鱗のような細かい斑の出血の跡が残り、それが幾片の無数の小さなかさぶたになり、肌の下には火のような熱さを授けた。その赤い幾何学模様は、エアリアルシルクについて、そして自分についても、まだ知らなかった知識を一つ授けてもくれた。

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遠い昔、エアリアルという謎の空中サーカスをやっているという話を聞かせてくれた友達に、脚についたアザを見せてもらった記憶がある。それは私がエアリアルを始めるずっと前どころか、自分がその後同様の経験をするなんて泡沫ばかりの想像もしていなかった昔のことで、当時は何か難しい練習を頑張ってるんだなぁ程度の感想を持つだけだったのだが、今ならわかる。
それを見たのがもし今の私だったなら、身体に残された跡、摩擦で焼けた肌の緋色から、そのパフォーマーの流派や練習中の技、どんな失敗をしてきたかだって演繹することができたかもしれない。
そしてその人の摩擦との付き合い方、火傷の避け方。あるいは、あえてその痛みを引き受けた過去や、情熱の過多。そういったことまで。

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しかしかつて知っていたエアリアリストに見た痣も、私のシルクの火傷も、もうとうの昔にかさぶたも取れて、傷跡も跡形もなくなり、すっかり痛くなくなった。
それはせっかく砂浜に刻み描いた他愛もない似顔絵や文字を、水の波が均して輪郭だけに変えてしまい、その朧げで影絵のような濡れた砂の跡すら、打ち寄せる白波が幻のように吹き消してしまったようで、その最後の名残を確認できるものはもう何も無く、今となってはそんなものは最初から無かったのかもしれない。


不自由な選択肢
以前に成功や入賞ではなく失敗や敗退の数をノルマとして自分に課していくという話をしたが、挑戦し敗れることは実際のところシャレにならないくらい痛いので、経験した直後はそんな目標を立てた自分を呪いたくなるくらい後悔することになる。
本 に な り ま す ! (物理)
長かったような短かったような、9ヶ月書いてきたこのブログも先日の記事で最後。 振り返れば31篇も記事を書いていて、せっかくなので再編集して本にすることにしました!